三十三観音巡礼  非公式サイト(煩悩充実日記)

充笹の営業、経営、教育、健康、恋愛、愛情、旅、グルメ、神社、朱印帳、温泉、いいこと一杯!観音様の慈悲へ感謝の実記録

【0047屋】勝道上人の生まれと流山満願寺

日光からの勝道上人の伝説と栃木県の観音巡りへ。

 

坂東三十三観音第十七番札所

出流山 満願寺

いづるさん。

山を登る。

北関東自動車道 佐野田沼ICからそこそこ40分ぐらいは掛かるかな。

高速道路を降りて、満願寺まで見たことのない世界が広がってくるなんて予想してない。

町を抜け、田畑もそこそこにすぐ山間に入り込む。何気に進んでいくと、ちょっとびっくりするかも。

 

真っ白な山肌が見えてくる。

この世ではない。

なんだかすさんだ景色になる。

荒廃感が凄い。

 

石灰鉱山の工場が並ぶ。

 

真っ白さがまた異様だ。

恐ろしさも感じる。

この道順で合ってんのかと思う。

 

火薬で爆破して岩を粉々にしてるのか?

周りの草木も白い。

 

誰もいない安全な場所で爆破シーン。

仮面ライダーの世界。

ショッカー達が、背面の爆破で倒れてる姿が浮かぶ。

戦いと火薬の撮影にはもってこい。

ゴレンジャーの光景だ。

観光地にしてもええんと違う?

ってぐらい珍しいかも。

 

石灰鉱山地帯を抜けると今度は、またトリップが仕掛けられている。

 

こんな山奥に何軒も蕎麦屋さんが現れる。

 

お店の看板が呼び寄せる。

元祖手打ち蕎麦

いづるや。

元祖に負けた。

トラップに掛り、暖簾をくぐる。

蕎麦美味しそう。

満願寺の門前で捕まる。


厳選した地元の玄そば(殻つき黒いそば)を自家製粉。

薪を使ってゆであげる。

「挽きたて、打ちたて、ゆでたての三立て」
寒晒し蕎麦

めっちゃ大ざるに五合。

これも珍しいな。

家族でペロリ。

「いづる名水」といわれる満願寺の滝から流れ出る湧水。こんな石灰をくぐり抜けた湧水は美味いに決まっている。

しかし、栃木県の蕎麦は、何処も美味いんだよな。

脇道ばかりで進まない。

 

やっとのことで山門。

仁王門にたどり着く。

ここからが本番、山奥に進む。

 

満願寺のホームページより、

真言宗智山派 出流山満願寺は、弘法大師御作の千手観音菩薩をご本尊とする坂東三十三観音第十七番札所です。今から千二百余年前に修験の行者、役の小角によって「観音の霊窟」(鍾乳洞)が見つけられ、天平神護元年(765年)日光山繁栄の源を作られた勝道上人によって開山されました。この「観音の霊窟」には鍾乳石によって自然にできた十一面観音像があります。〜

 

出てきました。役小角(えんのおずぬ)。

洞窟や山岳では、必ずと言って出てくる。

修験道の開祖。

私の本拠地と言ってもいい奈良の紀伊山地

私の大好きな天河大弁財天社大峯山龍泉寺など多くの修験道霊場でも開祖と言われる。

奈良の葛城山、吉野などなど山を駆け巡った修験道開祖。

伝説の人だな。

日本の信仰の根底には、まだまだこの山岳信仰のスーパースターの思想が未だに脈々と流れいると思う。

民衆を怪しい教えで惑わすと、伊豆へ流罪にもなっていて、富士山も駆け巡ったと言われる。

伝説はココ、栃木の佐野市から栃木市の山奥の中の山奥の鍾乳洞。

関東まで飛んできているのか。

東京からでも2時間位は車で掛かる。

山岳信仰、呪術、密教、このワードから効き目がすごそうに感じる。

 

満願寺のホームページより

下野の国司(今の県知事)の高藤介の妻が子宝に恵まれず、この「観音の霊窟」で子宝を得ることができるということを聞いて21日間「観音の霊窟」に籠り、翌天平七年に男の子を授かりました。この子がのちの勝道上人です。〜。

 

役小角が発見した鍾乳洞の観音様。

日光山岳信仰の開祖勝道上人が、両親のお祈りで生まれるわけだ。

 

以来、当山の奥之院にお祀りされている鍾乳洞で自然にできた「十一面観音菩薩」は子授け、安産、子育てのご利益があると信仰されています。〜とのこと。効き目は抜群そう。

 

自然崇拝も交わって、山岳信仰は大好きな私ですが、修行は残念ながら苦手なので^_^、坂東三十三観音第十七番札所の奥野院は大変。満願寺の本堂の奥にある山道より約1km歩いたところに大悲の滝もありここは見どころ沢山はいいがハイキングレベルで登でキツイ〜。勝手に修行にさせられてナチュラ修験道に。

この段階でヘトヘト。

滝の飛沫だけ打たれて、涼しい修行気分

だけ。

奥之院へは、大悲の滝から石段を登ること百余段で奥之院の拝殿に入ります。

見上げる。

崖だよ。

京都清水寺みたいに、格子状に組まれた足場の上に真っ赤な伽藍が見える。

ここの階段を登るのか。

 

まずは、休憩。

 

役小角は、本当に来たのかな?

いつも役小角並みに、子供たちは崖を駆け上る。弱ってるお父さんの到着待ち。

手を振っている。

 

この拝殿が鍾乳洞の入口になっており、中に鍾乳石で、自然に出来た十一面観世音菩薩の後ろ姿のご尊像が拝されています。

 

坂東三十三観音第十七番札所 流山満願寺奥の院まで無事汗だくになり登頂。

達成感。

なんとかこれた。

 

役小角×勝道上人

山岳信仰のスーパースターの競演。

&本堂は弘法大師空海がご本尊千手観音彫っていて、これが坂東三十三の観音様。

 

効き目抜群の護摩も焚いて、

秘密の呪文がありそう。

 

でも、なんか不思議。

新幹線も飛行機もない時代に、仏教から見ると関西と関東が意外と近い。例え伝説だとしても信仰の情報が届いていたということ。

栃木県にも熱い観音信仰が、1200年も前から繋がっているのかも思うと不思議な気分。

日本中に観音信仰が行き渡っているのだなぁと改めて思う。

それも奈良時代には相当広まっているとしか思えない。

関西に住んでいて、栃木県って?

どこ?って感じだったのが、仏教や山岳信仰や神様では、まったく距離感がない。

空でも飛んでいたのかと思ってしまう。

奈良時代とか移動はどうしていたんだろうか。

野宿に?寺づたえ?

 

栃木にはまだまだ神社仏閣があり、

さらに、勝道上人を追って寺づたえに。

つづく。

【0046】第18番 日光山 中禅寺(立木観音)

日光男体山の観音薙で大規模な崩壊及び土石流が発生して、立木観音堂二荒山神社、小学校が被災した。

この時、明治35年(1902)。

男体山からの山津波により中禅寺境内全体が中禅寺湖に押し出された。

 

中禅寺の本尊が…。

 

桂の木で勝道上人彫られたと言われのある十一面千手観音菩薩像が、中禅寺湖に沈む。

しかし、

その後、

なんと無事な状態で、

湖底から引き上げられた。

 

「念彼観音力(ねんぴーかんのんりき)」

 

雷鼓掣電 降雹澍大雨 念彼観音力 応時得消散 


雷が鳴り響き大雨や雹が降っても、観音力を念ずれば、時に応じて消散する。

 

或漂流巨海 龍魚諸鬼難 念彼観音力 波浪不能

 

或いは巨海に漂流して、龍や魚や諸鬼の難あっても、彼の観音力を念じれば、波浪に没すること能わず。

 

まさしく、観音経の実態が立木観音にはある。

 

ねんぴー

かんのんりき

 

観音様が自ら中禅寺湖で効力を見せてくれる。

歌が浜に引き揚げられた奇跡。

 

現在は、打ち上げられたところに、中禅寺が再興され、観音様が、今は我々の苦難のこころに勇気を与え見守ってくれる。

 

阪神・淡路大震災(はんしん・あわじだいしんさい)は、1995年(平成7年)1月17日(火曜日)に発生した兵庫県南部地震により発生した。

この年より、私が観音霊場を巡るようになった年だ。その時は、大阪に住んでいても地鳴りと縦揺れが起きた。その時の恐怖は、私の中では過去の地震ではNo. 1だ。縦揺れの凄さも初めて体験した。

 

2007年から関東引越し、2009年に、坂東三十三観音霊場を巡り始めた。

2011年(平成23年)3月11日(金)14時46分18.1秒に東日本大震災が発生。

その時は、東京千代田区で仕事していて目の前に、事務所の天井の板が落ちてきた。

横揺れが凄まじく、ボルトで締めた書類入れも倒れ、立っていられないぐらいの揺れだった。

 

転勤で福岡、2015年(平成27年)6月28年より九州三十三観音霊場を巡り始める。

2016年4月14日21時26分以降に熊本県大分県で相次いで発生する。熊本地震だ。4月16日未明に発生したほか、最大震度が6強の地震が2回、6弱の地震が3回発生。

福岡だったので、揺れはしたが前の阪神、東日本と経験からすると、熊本の直下でもないので慌てるほどではなかった。それでも怖いぐらい揺れ、余震半端ない。

 

微妙に、震源より離れて助かってはいる。

何気ない日常が一番ありがたいのかも。

毎回、気づかされる。

 

こんな時、ガス〆、机の下、ヘルメット、そんな余裕はない。

何できるって、南無阿弥陀

南無、ぁあ

観世音菩薩。

唱えれたらいい程度。

焦ると何もできない。

 

でも、それが

観音(かんのん♪)と唱えるだけで、

不思議と、

安堵感が脳の隙間に生まれる。

 

ねんぴー

かんのんりきを、

唱えるだけ。

 

パニックを抑え、直感が冴え、ひらめきが生まれる。

 

東日本大震災の時も、

揺れが少し収まった中で、事務所下のコンビニで水、おやつなどなど買って、20人ぐらいに食べさて落ち着かせ。

その後は、コンビニは空っぽ状態に。

交通網は遮断。

事務所の書類入れの段ボール広げて、

寝袋を作り、

段ボールの暖かさを使い帰宅難民対策。

 

相変わらず、電話は、携帯は一行につながらず。

こんな時でも国営ならではのつながる裏技を思い出し、電話で家族の安否の確認までできる。

ひと通り段取りして、ニュース待ち。

 

電車諦めて夕方から一部徒歩で帰宅する人も。

 

私は、まだ様子を見た方がいいと判断して待機。

そしたら待ってましたと、半蔵門線一部開通、東西線も一部開通と一報が入る。

ちょうどそこまで動けば自宅だ。

震災当日に地下鉄で帰れることに。

不思議なことに、普段より空いていて座席にゆっくり腰掛ける。

神懸っている。

ちょっと待つか、行くか、買うかなどなど判断が、直観が冴え渡る。

自分の判断か、神様仏様からの案内か、未だにわからないが、どうも自分だけではない気がする。

観音様なのだろうか?

 

阪神、東日本、熊本と徐々に観音様が心の奥に入っていることを感じる。

ピンチ、自分の能力だけでは防ぎようのないとき、心の中に現れる。

観音経は、表面的な災害の助けを描いてあるが、本来の念彼観音力は心の中に現れて回りを変えてくれているのではないか?思考が現実化するのか、本当のところ観音様かなにかよくわからないが、不思議な一体化感覚が生まれ、感謝の念に。

 

立木観音

秘仏ではなく、我々の前に現れていただけるありがたい仏像、菩薩様である。

お寺の方もらお守りの功徳を力説。販売にも熱心で買わずにはいられない。

 

実際の観音様を目の前にすると、

でかい。

顔を拝ませていただくと圧倒される。

千手がこちらを向いている。

 

ねんぴー

観音力に圧倒される。

 

いざという時には、間違いなく救ってくれたのはこれかもしれないと思わせる姿。

何気ない日常から見守っていてくれているのかもしれない。

関東で、こんな大きな観音様をお堂の中で観れるところは数少ない。

観音力が分かりやすく感じる。

ありがたい。

日光一帯のパワー、霊気を感じたい中禅寺立木観音さまだ。

念入りにお参りして、薄暗いお堂の中から出ると、明るい空が広がり、美しい水面の中禅寺湖畔がキラキラ鏡のように広がる。その前には、富士のよう男体山が伸びやかに立ち誇る。

中禅寺からの景色は、

めちゃくちゃ綺麗。

まさしく、観音浄土の補陀落山

人の手をここまでいれるかの装飾美の東照宮とは又違った、人の手が全く受け付けない日光の美しい姿がある。

勝道上人がご覧になっていた日光の景色と変わらないものが見えているかも。

中禅寺からの景色は、おすすめです。

 

まだまだ、華厳の滝など見どころだらけの日光ですが、ひとつだけ、和菓子屋さんで補陀洛本舗 本店が 、日光田母沢御用邸記念公園の近くにある。

名前が観音様にちなんで補陀落と素敵なので、和菓子を買いに入ったのですが、ゆばむすびが美味しい。日光の湯葉を手軽に楽しめます。

キリがないのでこの辺に。

 

引き続き、勝道上人が関わる栃木県、旧名下野国の観音霊場をめぐって行きます。

 

つづく。

 

【0045】聖地日光と勝道上人

宇都宮の自宅から、車で日光街道輪王寺東照宮二荒山神社いろは坂華厳の滝中禅寺湖と祈りのルートを進めば、坂東三十三観音霊場 第18番 日光山 中禅寺(立木観音)に辿り着く。

日光は、流石に日本を代表できる第一級の観光地と言われるだけあり。見どころがありすぎて、一日ではもったいない。

アクティブになら、キャンプ、スポーツでカヌーなどなど。

観戦で冬ならホッケーのアイスバックス。

日光や那須の山系の川は、水も超きれい。

雪解け水が夏でも驚くほど冷たい。

イワナ釣りは最高。

ハイキングに登山。

JR、東武日光駅から、グルメ街道が、ゆばに蕎麦、ようかん、せんべい、漬物などなど山の幸。カフェでは日光天然氷のかき氷は超フワフワ。

せめて二泊はしたいかな。

有名どころの歴史ある金谷ホテルもある。

新しく高級なところでは、ザ•リッリカールトン日光も。

 

日光観光のなかでは、板東三十三観音霊場、中禅寺(立木観音)は、東照宮と比べるとちょっと地味かな?

でも、日光の歴史からいうと全然負けてはいません。奈良時代から社歴はいっぱい詰まっています。

この中禅寺を建立したといわれる勝道上人(しょうどうしょうにん)の人生を追って栃木の観音霊場へ巡って行きたい。

勝道上人は、奈良時代から平安時代に日光を山岳信仰の聖地と開山したど偉い僧侶で、1250年経った今でも、日光山輪王寺の入り口で、ここからが、日光世界遺産ですよみたいな、そんな安っぽいもんじゃない、こここそが日本で代表する山岳信仰の聖地だぞと示すがごとく、銅像になりながらも未だに気を吐いているように見える。

 

この銅像が社寺巡りのスタートだ。

ここから、日光観光のメインの二社一寺(二荒山神社東照宮)(日光山輪王寺)が巡れる。

江戸を守る徳川家康を祀った日光東照宮以外は、日光一帯の社寺は勝道上人が創建だ。

 

国宝、重要文化財だらけであげればキリがない。勝道上人がこの日光を開いたのは、日光山、日光連山が、元々神々しい聖地だったからだろう。

社寺の背景には、神々しい山々が連なる。

お父さんに例えられる男体山、お母さんに例えられるのが女峰山、子供とされるのが太郎山などなど。

その中でも、男体山は、富士のように円錐形で聳え立ち、足元には、中禅寺湖が鏡のように広がる。

美しい。

山々に囲まれた中禅寺湖の森の中から一本の筋のように、華厳の滝なって落ちていく様は、あまりにも美しく日光一帯が神々が住むような世界に見える。

勝道上人が、この地に霊験あらたかさを感じたのが私にも分かるレベル、まさに天国、仏の世界では浄土。浄土の中でも観音浄土が相応しい。

観音様のお住まいといえば、補陀落山(ふだらくさん)。ふだらく、ふたらく、ふたあら、ふたらさん、二荒山、元々は男体山ではなく二荒山(ふたらさん)と呼ばれていた。二荒山(ふたらさん)は、ニコウとも読める。ニコウ、にっこう、日光。日光はなんと観音信仰で覆われている。

これぞ坂東三十三観音霊場

中禅寺湖を南方の海と見立てると、観音さまのお住まいは、南方の海上に聳え立つ補陀落山

男体山は、まさしく補陀落山と言えるだろう。

日光の揺るぎないランドマークと言える。

その男体山を初登頂したのが、782年、これもまた勝道上人なのだ。三度も挑戦して登頂。

凄いよな。

モンベルもノースフェイスもファイントラックもない時代だからな。

男体山山頂に、

二荒山神社奥宮建立。

 

ここから俯瞰した景色は素晴らしいだろうな。

 

中禅寺湖湖畔には、男体山への登山口となる

日光中宮祠神社も創建。

 

華厳の滝を下って、麓の輪王寺東照宮の奥に、二荒山神社本社を創建。

 

どう考えても、この男体山(二荒山)が御神体で、その裾野は全域が神域でしょう。

神域でもあり、観音様の浄土(補陀落山)と重なり合い、神も仏も居られる雰囲気が、漂っている。

明治の神仏分離の性で各々社バラバラになっているが、俯瞰すると美しい観音浄土になっている。

 

霊峰男体山

 

その男体山の麓、中禅寺湖の湖畔に男体山の登山口となる日光中宮祠と日光山 中禅寺(立木観音)18番札所が並びあった。

現在の中禅寺(立木観音)は、湖畔の場所も変わり、日光山輪王寺の別院になっているが、山々全体が補陀落で神も仏も調和されているのに、別院と言わざるえないのが残念。

別ではない、日光全体が神々、観音霊場で、観音浄土と重ねて拝みたい。

自然から精霊を感じ、神々として祭り、山を敬う山岳信仰が、仏とも相まって日本らしくてとても大好きだ。

そう思うと、巡礼にも山々からもパワーがもらえる。

日光はまさに観音巡礼の聖地ではなかろうか。

 

そして、そのパワーを受け入れて、中禅寺の千手観音様に手を合わし、自分の心の中の観音様との共鳴を感じたい。

 

次回は、中禅寺湖畔に佇む立木観音様に因む明治の逸話から、観音経の功徳と進みたい。

 

つづく。

【0044】日光街道と巡礼

浅草から、初めて東武鉄道で宇都宮の自宅へ。

新幹線やJR快速の方が早いが、

旅の気分で東武特急で帰ることに。

お江戸日本橋、浅草から日光街道で歩いて帰りたいと思うが、ちょっと流石に旅すぎる。

出発時刻の掲示板を見上げて確認すると、特急けごん

日光方面に行くんだなと分かる。

華厳の滝か。

渋いね〜。

 

特急は新栃木駅まで、新栃木駅普通列車に乗り換え終点宇都宮駅へ向かうルート。浅草から宇都宮駅間の直通特急は廃止されてたので、寂しいかぎりだ。

途中駅は、浅草をスタートに千住からスカイツリー曳舟南栗橋、北に上がっていく、なんとなく擬似日光街道、日光鉄道かな。日光街道と思い込み、ゆったりとカゴではなく特急列車に乗り込む。

 

東武特急だと、2時間ちょっとは掛かるが、江戸時代みたいに途中で宿は取るまでもなく一気に進んで自宅宇都宮へ。

自宅近くの宇都宮城を復元した城址公園に泊ったと空想。徳川将軍が、日光東照宮へ参拝する際は、宇都宮城に宿を取っていた格式あるお城だ。

将軍気取りで、自宅で陣をとる。

ただ、家に帰っただけとも言うが、殿様気分でリビングに転がる。

あ〜ゆっくりできる。

幸せ〜。

ちょいと振り返ると、2007年から急遽、関西から東京で働くようになり、その時、休暇で初めて関東で旅行先にしたのが、日光と奥鬼怒温泉。当時、関西から日光は遠く、一度は行ってみたかったんだよなと思いながら向かった。

戦国の覇者家康を祀る日光東照宮は、どうしても見てみたかった。

まずは東照宮へ。

初めて見たら、流石に一見の価値はありました。

これこれ教科書に載ってた陽明門。

装飾がここまでできる?

感動もの。

 

その時は、当時の自宅千葉県市川から向かった。都内の渋滞を避けて、早朝、東北道東照宮を目指す。現代の日光街道みたいなものか。

 

この時、まだ板東三十三観音霊場のことを知らず、当然、日光に観音霊場、第18番 日光山 中禅寺(立木観音)があることなど知る由もなく、東照宮のみ目指して行った。

 

その数年後、浅草浅草寺で坂東三十三観音のことを知り、板東(関東)の殆どの観音霊場を回りに回ったのですが、憧れて一番に訪れた日光に行ったにも関わらず、その後は栃木県には一度も縁なく、ポッカリ空いた栃木県の霊場を残した御朱印帳を持ったまま関東から離れる。

転々と大阪、福岡と転勤になり、東京までは出張もあるが、栃木県までは行くチャンスがなかった。

そしたら、次の辞令がなんと栃木県の宇都宮支社と決まる。栃木県の観音様から呼ばれのではないか?としか思えなくなっている。

私の心に観音様が育っていた。

 

宇都宮に暮らすのも慣れ、改めて御朱印を頂きたくなった。日光街道も自宅の目の前にあり、日光に行くまでには、日光街道には桜並木もあり、春はとても綺麗で、その先には、日光街道は世界一長い杉並木を進むことになる。

地味ながら風情があり、徳川家の日光への参詣の想像を味わえる。

とてもいいところなのだが、この全国区ブランドの日光がありながら栃木の単語と連動が感じにくいのか、都道府県魅力度ランキング2020年度栃木県が最下位で茨城県と争っている。

日光東照宮があまりにも有名で、関西から見ると栃木県のイメージは浮かびにくい。

日光県、那須県、だったらと思うとこがある。

宇都宮の餃子ブランドも。

 

宇都宮から先は、奥州街道日光街道に分かれる。高速道路も東北道日光宇都宮道路に分かれる。

宇都宮から30分程度であの憧れの日光に行ける。早朝に旅立たなくても、ちょっと行こうかで直ぐに行ける。

まだ、伺えてない第18番 日光山 中禅寺(立木観音)に御朱印帳を持って、日光観光しようかと旅立つではなく、出かけようかとなる。

旅からピクニックと変わった。

東京から宇都宮へ、そして日光へ。

日光街道は、まさしく徳川将軍の巡礼の道。

栃木県、日光市

第18番 日光山 中禅寺(立木観音)と開山勝道上人の巡礼へ。

つづく。

【0043】浅草寺の輝く夜景とナイトウォーク

人混みの中で、雷門での記念撮影も済まし、

浅草寺へ潜入。

 

雷門の巨大提灯の下、落ちてきたら潰されちゃうとビビりながら、

丸い淵を見上げると、

そこには、龍の彫刻が現れる。

 

板東三十三観音霊場 

13番札所

金龍山 

浅草寺

 

山号が金龍山

 

浅草寺に、龍が現れる伝承縁起。

その昔、観音様が現れになった時、一夜にして辺りに千株ほどの松が生えたという。

3日ほどして、天から金の鱗を持った龍が松林に舞い降りたと伝えられている。

 

巨大提灯の下に潜り込み、見上げると金の龍が舞い降りて来たのかと思える彫刻が施されている。オシャレ。

龍の門です。

 

さらに人混みは続き、先が見えないが、

仲見世通りの統一された店の看板が続き、小さな赤い提灯が連なる。

この統一感がいいんだな。

電柱も地下に埋められスッキリ美しい。

伊勢神宮の門前のおかげ横丁の成功も、石畳に電柱地下化、車から歩ける通りになってから復活。

これ重要じゃね。

日本で最初の商店街。

外国人が喜ぶ、カタカナ、漢字で書かれたTシャツに、派手もの着物にぞうり、

おもちゃの刀に、ハッピ。

みんな絵になる。

せんべい、きな粉餅、揚げまんじゅう、芋羊羹、人形焼き。

仲見世通りには、人を集める全てが揃っている。

 

THE、これぞ観光。

光り輝くものを観に行く。

 

ワイワイガヤガヤ感がとってもいい。

遊園地もガラガラではちょっと寂しくてつまらない。

しかし、仲見世通りは、夜のガラガラでもいい雰囲気が漂う。

雷門からライトアップされていて、浮き出たように光輝く。

仲見世通りも、人で見えなかった石畳が現れ、ライトに照らされる。静かになった店がシャッター通になるのだが、左右の店のシャッターには浅草絵巻が描かれていて伝統の中を歩ける。

先には、雷門よりさらに大きな宝蔵門が姿を現す。

門の中央には小舟町と大きな提灯がライトアップして浮き出ている。

巨大提灯の左右にも大きなわらじもライトアップされ、寺の広がり感、一気に夜景といった雰囲気になる。

この一連の雷門、仲見世通り、宝蔵門と昼の雑踏と夜の静かな灯りとの対比がいい。

 

宝蔵門と言われるだけあり、寺の宝物が保存されている。

法華経10巻 金箔が施された超豪華版。

国宝を所蔵。

流石、重要経典をまもっている観音霊場。

宝蔵門からライトアップされた五重塔がみえ、

宝蔵門からライトアップされた東京スカイツリーも見える。

新旧タワーが対比も美しい。

にっぽんならではの景観が光り輝く。

 

全国探しても夜の11時まで、ライトアップされる三十三観音霊場はここしかない。

他なら山奥で真っ暗、拝観時間も終わっており怖い。恐怖だよ。

 

最後に本堂(観音堂)が待ち受ける。

アメリカに空襲を受けなければ、五重塔も本堂も国宝だったのに。

戦争に負けて本当に悔しい。

ご本尊は、地下に隠されて無事だったものの伽藍は失われた。

この国は、この寺は、何があっても立ち直る。

再建に再建にと何度も蘇り光り輝く。

観音様の功徳が続く限り。

日中、線香のモクモクに、人のモクモクと巨大賽銭箱にと巨大屋根の下、喧噪の楽しさの中、手を合わせられることに感謝。

ライトアップされると神秘的になり、秘仏見えない観音様から光り輝いているかのように感じる。

効徳は、浅草の街を見渡せは、活気を見れば効き目抜群とわかるでしょう。

分野問わず救ってくださる。

江戸の庶民を、外国人まで受け入れてくれる観音様はないでしょう。

観音様を、スポーツに例えると、サッカーだな。

最もメジャーなスポーツ。

収容人数も

桁外れ。

テニスや卓球ではない。

5万人や10万人相手だ。

なので、庶民をどこまでも拾って、更に楽しませてくれる。

 

聖観音菩薩。

 

観音菩薩の基本中の基本の聖観音

観音信仰のど真ん中を歩み続ける。

 

御朱印は、隣の影向堂に17時までなので、ライトアップされる前に貰わないといけないが、昼間は、何かにつけて、正月、お盆に、毎月18日の観音縁日や、楽しめるイベントがほぼ毎日のように開催されているのでので、いつ行ってもイベントの中でご記帳してもらえるのが浅草寺かな。

毎日が縁日。

 

2020年は、コロナ渦中でありながら、浅草花やしきにも緊急事態宣言の合間を縫って遊びにもいけた。

観音様のおかげ。

でも、御朱印帳持っていくの忘れてしまってた。でもまた行けそう。

 

坂東三十三観音霊場の中で、東京はここ浅草のみ。坂東三十三ヶ寺を全部回ってわかったが、東京はやっぱ特殊だわ。

ウルトラ大都会。

浅草寺は凄いわ。

 

浅草寺からの帰りには、東武鉄道の特急スペーシアの予約をした。

しかしながら、出発まで中途半端な時間ができたので、その合間に、神谷バーでカフェがわりに電気ブランを頼む。

ヒレカツをアテに以前営業で連れて行かれた時の思い出に耽る。昼間にちょっとだけ飲むと身体に染み渡る。

店のワイワイと相まって楽しさに酔える。

これができるのも東京ならではかな。

まだまだ、したいこともあるが、家族は満足しているので帰宅へ。

次回、日光街道で栃木日光へ。

【0042】鉄道4線に囲まれる大提灯雷門

浅草寺へ地下鉄でアクセス


東武スカイツリーライン:浅草駅より徒歩5分
東京メトロ銀座線:浅草駅より徒歩5分
つくばエクスプレス:浅草駅より徒歩5分
都営地下鉄浅草線:浅草駅A4出口より徒歩5分

 

音霊場は辺鄙な山奥にあったりと、よく言うと、自然豊かな風光明媚なところが多い。

こんな徒歩5分圏内で、4本もの鉄道に囲まれている観音さんはいない。

今回は、上野から銀座線に乗って浅草に行ったが、他の時期にもなんだかんだで浅草寺には、よく行ってる。

包丁を買い替えに、かっぱ橋にいって食品サンプルを突きながらの後に、蔵前で花火買ったり、スカイツリーも、隅田川くだり、神谷バー電気ブランに、ホッピーどおり、花やしきに演芸、老舗喫茶のホットケーキ、もんじゃ焼き、亀十のどら焼き、うなぎにどぜう、江戸前鮨にすき焼き•••。キリがない。

 

「東京だよおっかさん」♪

3番の歌詞、

浅草寺への観光を歌っている。

 

達者で永生き するように ♪
お参りしましょよ 観音様です
おっ母さん ここがここが浅草よ
お祭りみたいに にぎやかね

 

浅草寺の年中行事


1月

修正会
新年大祈禱会
牛玉加持会
温座秘法陀羅尼会
正五九大護摩
2月

節分会
針供養会
涅槃会

天皇御誕生奉祝会
3月

戦災殉難者追悼法会
本尊示現会(金龍の舞)

春分
春季彼岸会仏生会花まつり
4月

白鷺の舞
十三参り

駒形堂大祭
浅草寺ご本尊さまご示現の聖地に建つ駒形堂にて、駒形堂ご本尊馬頭観世音菩薩さまの開扉法会が行われる
5月

宝の舞

正五九大護摩

6月

楊枝浄水加持会・百味供養会
華講会
7月

守本尊九尊仏法楽会
四万六千日(ほおずき市
盂蘭盆施餓鬼会
8月

万霊燈籠供養会
9月

秋季彼岸会
正五九大護摩
10月

十夜会
菊供養会
金龍の舞
写経供養会(十種供養)
11月

白鷺の舞
七五三加持会

12月

成道会

御宮殿御煤払・御宮殿開扉法要
納めの観音ご縁日
羽子板市
星供養会(星まつり)
除夜の鐘(点打供養会)
 

毎日が、お祭りなのか縁日なのか。イベント沢山ありすぎる。

 

門前町の枠を超えての、この町全体からの伝わってくる元気さ、活気、町を愛する気持ちからくるのだろう。日本中、世界ひろしといえども、宗教都市みたいなわかりやすいのでなく、うっすら繋がっているレベルに感じるのが日本らしいお寺の輪、観音様の慈悲、こんなに繁栄している都市は他では知らない。やはり、国にも街にも根底に無意識に届く安心感、愛情は必要。

その方が、人は元気になる。

元気な街になる。

 

宗教なんてという日本人も、毎年初詣しているように、これだけの集客力、観音様の念力なのか。それでも知らず知らずに幸せを願い、それに対する裏付けか、後押しか、何かと感じるものが1400年の歴史といい、ちょっと真似できないワンダーランドだ。

 

その入り口。

リニアになろうかとの時代に、人力車も待ち受ける門前。

そこには世界に知れた、

雷門が堂々と待ち構える。

なんと言っても赤い巨大提灯に圧倒される。

ロゴがいい。

雷門と大提灯がドドドンと迫ってくる。

上手く書くもんだなぁ。

天才だよ。

正式には、風雷門。

護まもるは、風神雷神だ。

ここで写真撮らずにはいられないでしょ。

 

飛行機のフリーペーパーに、観光写真に載っていて英字でSensoji Templeで紹介されてそう。

コントラストが、強めの雷門の写真が似合うだろうな。

このかっちょいい雷門は、意外と新しい。

昭和35年(1960)に松下電器産業(現パナソニック)創業者・松下幸之助氏の寄進により、再建とのこと。

流石、創業者の松下幸之助さんはかっちょいい。ここでも歴史に名を刻む。

神社仏閣は歴史を語りますからね。

本当は、こんな風に寄進できるようになりゃなきゃね。私なんか、お賽銭レベルでいつも申し訳ない。

そもそも、浅草寺拝観料無料だし。

ありがたい。

ホント慈悲ですね。

日本中探しても、今この現代で、リアルで、輝き続ける、パワーを放っている観音霊場はないでしょう。

ここにくるだけでも元気になれる。

唯の都会ではない。

次回、雷門を潜って、他の観音霊場には、真似できない浅草寺の世界へ。

【0041 観】大都会で味わう観音信仰 浅草寺

昭和32年歌謡

「東京だよおっかさん」

私は、生まれておりませんので、リアルには聴いてはおりませんが、

島倉千代子さんの歌声は、知っております。

終戦後の観光かな。

お母さんを連れての東京観光。

皇居の二重橋の記念写真は必修レベルに大事なんだろうな。

ここまでは、なんとなくわかる。

 

この歌詞に2番、3番があるのは知りませんでした。

 

1番、皇居を歌っています。

久しぶりに 手をひいて
親子で歩ける うれしさに
小さい頃が 浮かんできますよ
おっ母さん ここがここが二重橋
記念の写真を とりましょうね

 

ここまでは、よく聴いたフレーズ。

東京観光で、生まれのうちのおかんも一応連れて喜ぶかなと行った具合です。

 

2番、靖国神社だろうな。
やさしかった 兄さんが
田舎の話を 聞きたいと
桜の下で さぞかし待つだろ
おっ母さん あれがあれが九段坂
逢ったら泣くでしょ 兄さんも
さあさ着いた 着きました

 

こんな歌詞があったんですね。

日本の公共放送で放送禁止にしていたらしい。

GHQに、事実上はまだ占領されているってことでしょう。

ここは、なんとかしないと本当の幸せには程遠い。

悲しいかな令和になっても占領されている状態は続いている。

一般の18禁なら分かるが、こんな優しいこころを、歌えなく放送できないなんて、何を目指しているのやら。

 

3番も、家族の思いも言えなくなるような暮らしがどんな人を育てるようになるのか。

そうなると。

金だけが価値観なんかになって、観音様お願いします。

これでは、本来の日本ではない。

そんな国がいい国とは到底も思えない。

観音巡礼からでも戻さなくては。

 

このブログでは、観音巡礼なので3番に浅草観音が入っているところに注目したい。

 

3番、浅草寺への観光

達者で永生き するように
お参りしましょよ 観音様です
おっ母さん ここがここが浅草よ
お祭りみたいに にぎやかね

 

お母さんの長寿を歌では願っております。

浅草観音なのです。

戦後も浅草寺は、人がいっぱいだったんだろう。

 

2007年に、関東に引っ越す。

転職の為。

休みの日には、東京観光でいや関東巡りか。

日光行って、箱根行って、新宿、渋谷、原宿、

当時、六本木ヒルズ東京ミッドタウンなどなど物珍しさに色々と周る。

もちろん、外国人と同じで浅草寺も外すはずなく行く。

 

朱印帳を、めくると、

2009年1月11日

浅草寺へ行っている。

引っ越しして一年半過ぎたぐらいかな。

 

仲見世を抜けて、

この時、浅草名所七福神ののぼりが目に入る。

 

御朱印の暖簾が掛かる。

ふらふらと惹きつけられ、暖簾をくぐると、三十三観音御朱印帳が並ぶ。

坂東三十三観音霊場? 

あ、関東(坂東)でも観音霊場巡りがあるんだ。

ここで、初めて板東三十三観音霊場を知った。

坂東三十三観音霊場専用の御朱印帳も売っている。

欲しい。

買おうかな〜。

 

長女も2歳位なので、まだまだ御朱印は関係ない。境内の鳩を追っ掛け回すのに必死だ。

 

買おう。

早速買って記帳してもらう。

 

あ〜、久しぶりに記帳してもらった。

なんか嬉しい。

あ、これで関東観光にも心が入るような気がした。

板東という言葉の響きも気に入った。

 

どうしても地元とは思えない超高層ビル群の中で、働いて暮らしても、地に足が着いた気がしなっかった東京で、御朱印を記帳してもらっただけで、関東に暮らしてもいいよ言われたような気がした。

住んでもいいのかなと承認を得たような気がして安心した。

 

長女が、鳩を追っ掛け回すも、鳩は舐めきっている。

悠々と歩き餌を啄ばんでいる。

平和の象徴。

大都会の中で、年間3000万人とも言われる来訪者を集めるこの喧騒間でも癒されるこの空気感は浅草寺ならではないでしょうか。

まさしく、浅草寺、人も町も含めて全てがパワースポットに感じる。

東京の根底に流れるパワーの源。

街を支える力はここにあり。

 

でもその中心の中の中心。

パワーの源の中の源。

意外と知られていないのではないか。

本堂の中

聖観音菩薩。

浅草観音

これだけ、多くの参拝者を集めても、

正月なんて290万人とも

東京ドームでもコンサートでも5.7万人、どれだけすごい数かわからないぐらい参拝したとしても。

聖観音菩薩は、誰も見たことがない。

絶対秘仏

見ては行けない掟。

寺の住職でさえ見れない。

645年以来、誰も見れないまま2020年だよ。

見れなくても、

これだけの繁栄。

浅草観音さまのご利益がとんでもないことがわかる。

もし、観音さまがいなかったとしたらどうでしょうか。

こんな喧騒になっていただろうか。

 

次回、浅草寺をゆっくり巡る。

つづく。